
えっちゃんのジャーニー
えっちゃんのプロフィール
患者との関係性 本人
病気発症時のご年齢 10代
性別 女性
居住地区 愛知県
病名 重症筋無力症
診療科 神経内科
治療箇所/部位 全身
- 1973年8月~
1974年1月- 初期症状
- 診察のきっかけ
- 病気判明
- 1974年7月~
9月- 選択肢
- 方針決定
- 1974年1月~
2004年頃- 治療前の準備
- 治療中の出来事
- 治療の感想
- 治療後の経過
- 2024年12月
- 感想
- 伝えたいこと
えっちゃんの体験談
病気の診断
初期症状が現れた時期:1973年8月 病気判明の時期:1974年1月
初期症状
まず、筋無力症特有の眼瞼下垂1と口輪筋の力の低下でうどんなどうまくすすれなかった。2
診察のきっかけ
勤務中に夕方になると眼瞼下垂が発生3、四肢の筋力も落ちていた。
検査
眼瞼下垂で地元の眼科受診→異常なし
近くの市民病院整形外科受診→四肢麻痺として診断されアリナミン処方された
勤務場所近くの内科→整形外科→神経内科のテンシロン検査4で重症筋無力症と診断される
病気判明
確定的な診断が出てほっとしたと同時に治ると思った。ただ図書館で病気の事を調べてくクリーゼ5を起こして
治療方針の検討
検討時期:1974年7月~9月
選択肢
主治医からは胸腺摘出6を提示され、昭和49年8月7日に手術をした
当時、10代という事もあって拡大胸腺術ではなく甲状腺手術の後のように首の下を切って、胸腺を引っ張りだす方法
方針決定
体に傷が出来る不安はあったが、手術して快方に向かうならと決断した
治療のプロセス・結果:手術・ステロイド服用
治療の時期:1973年1月~2004年頃まで
治療前の準備
発症当時は対症療法の薬飲み服用していた。術後にそれまでなかった症状(言語障害・嚥下障害・構音障害など)が出てステロイドを服用
◆7
【注釈】標準的な治療法。[1]対症療法、[2]免疫療法、[3]外科手術があります。
[1]対症療法:神経から筋肉への信号伝達を増強するコリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれる薬が使われます。筋肉が健康であれば、脳の命令が届きさえすれば動ける訳です。ですが、これは一時的な対症療法です。
[2]免疫療法:治療の基本です。副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬が使われます。
そのほかには、抗体を取り除く血漿浄化療法、大量の抗体を静脈内投与する免疫グロブリン静注療法、補体C5と呼ばれる物質を特異的に阻害するモノクローナル抗体製剤があります。
[3]手術:重症筋無力症患者の約15~20%で胸腺腫が合併しています。その場合には、外科的にこれを取り除きます。胸腺腫は早期に発見されれば一括して切除できる生命予後の良い腫瘍です。
治療中の出来事
ステロイドの副作用で、10代の若さで顔面ムーンフェイス8になったり、ステロイド初期の副作用9で筋無力症状が悪化して、転倒してけが(2回)したり、勤務中での失態(新人でお茶くみをしていて数回落とした)人前で食事をしたりするのが嫌だった(口輪筋が低下して口をつぐんで食べられない等)
治療等の感想
曲がりなりにも結婚して出産を経験しましたが、子育ては大変でした
わが子を抱き上げることもできずに苦労しました。行事などは普通の母親並なことは出来ずに情けなかったです
それでも何とか、薬をコントロール(学校の行事などに薬の効きが一番になるように服用)して臨んでました
治療等の経過
胸腺手術と対象療法、ステロイド服用10のみだったのでそれほど負担ではなかったですが、第2子を出産後合併症のリウマチを発症しました
当時の主治医は、筋無力症の場合リウマチは悪化しないと聞いていたので何も治療らしいことはしていませんでしたが、還暦近くになってリウマチが悪化して現在はリウマチの治療薬が必須となりました。現在は筋無力症は寛解状態ですがリウマチの薬による合併症(間質性肺炎11)に不安を感じております
感想と伝えたいこと
感想
筋無力症を発症するまでは、活発で自分自身病気になったことを受け入れる迄時間がかかりました
自分自身で命を絶ちたいと思ったこともありましだか、とても勇気がありませんでした。10代で診断されて3年ほど葛藤がありましたが、がん宣告のように命に係わる病気ではないと開きなおったら、心がとても軽くなりました
ただし、女性に生まれた以上出産の体験だけはしたいと強く思っておりました
その後、縁あって同病(筋無力症)の主人と出会って、普通分娩で2人の子供を出産しました。第1子は一過性の筋無力症状が出ました(第2子には何もなかったことが不思議です)
子育ては、健常者の母親とは違って満足な子育てとはいきませんでしたが、それなりに頑張りました
今では、中1孫を筆頭に下は年長さんと5人の孫に恵まれ、様々なお世話で第2の子育てをしています(笑)
健康な方でも、お子様に恵まれないことを思えば、大変ではありましたが子供に恵まれ、そして孫にも恵まれた事にたいしては最高の喜びを感じている日々です
伝えたいこと
難病と診断されてまず右往左往すると思いますが、つらい時は忘れて行って前に進むことを考えて、ストレスを出来る限り抱え込まないようにして、一日一日を一生懸命生きる事が何よりも大切で、現代ではいつ何が起こるかわからないので、楽しく笑って過ごす事が一番だと思います
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- 【注釈】重症筋無力症患者の最も多い初発症状は眼瞼下垂(瞼が下がる)で全体の70%位を占めます。 ↩︎
- 【注釈】発語障害(上手くしゃべれない)や嚥下障害(食べ物が嚙めない、のみ込みにくい)などの症状もあります。 ↩︎
- 【注釈】症状は1日の中で波があり、朝は症状が軽く、夕方になると強くなることが多いものです。また、休憩すると症状が軽くなることは良く知られた特徴です ↩︎
- 【注釈】コリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれる薬品の一つであるテンシロンは元は商品名ですが、現在では検査名になっています。本検査では、テンシロンを静脈注射すると、それまで寝た位置では頭を持ち上げられなかった患者が、短時間ですが、筋肉に力が入って頭を持ち上げられるようになるのです。 ↩︎
- 【注釈】重症筋無力症患者が呼吸困難をきたして急速に増悪し、呼吸不全に陥って人工呼吸器管理が必要となった状態です。全症例の11~15%で生じます。 ↩︎
- 【注釈】重症筋無力症患者の21%が胸腺腫を合併し、逆に胸腺腫患者の25%が重症筋無力症を合併することが知られています。そこで、重症筋無力症の患者には胸腺の摘出手術が治療法の一つと見なされます。 ↩︎
- 【注釈】標準的な治療法。[1]対症療法、[2]免疫療法、[3]外科手術があります。
[1]対症療法:神経から筋肉への信号伝達を増強するコリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれる薬が使われます。筋肉が健康であれば、脳の命令が届きさえすれば動ける訳です。ですが、これは一時的な対症療法です。
[2]免疫療法:治療の基本です。副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬が使われます。
そのほかには、抗体を取り除く血漿浄化療法、大量の抗体を静脈内投与する免疫グロブリン静注療法、補体C5と呼ばれる物質を特異的に阻害するモノクローナル抗体製剤があります。
[3]手術:重症筋無力症患者の約15~20%で胸腺腫が合併しています。その場合には、外科的にこれを取り除きます。胸腺腫は早期に発見されれば一括して切除できる生命予後の良い腫瘍です。 ↩︎ - 【注釈】満月様顔貌と翻訳される医学用語ですが、顔が満月のように丸くなってしまう状態です。最もよく知られている原因はステロイドの副作用です。思春期の女性にはつらい経験でしたでしょう。 ↩︎
- 【注釈】ステロイドは治療薬の一つですが、本疾患では高率で副作用が出やすいこともよく知られています ↩︎
- 【注釈】ステロイドは治療薬の一つですが、本疾患では高率で副作用が出やすいこともよく知られています。 ↩︎
- 【注釈】間質性肺炎とは、肺胞の壁に炎症や損傷が起こり、その結果、壁が線維化(分厚く硬くなる)して、酸素を取り込みにくくなる病気です ↩︎

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