
yumiさんのジャーニー
yumiさんのプロフィール
患者との関係性 本人
病気発症時のご年齢 20代1
性別 女性
居住地区 大分県
病名 SLE(全身性エリテマトーデス)2
診療科 膠原病内科
治療箇所/部位 全身
初期症状 両手足の関節痛、体のしんどさ(全身倦怠感)
- 1995年9月
- 初期症状
- 診察のきっかけ
- 検査
- 病気判明
- 1995年10月~
- 選択肢
- 方針決定
- 1995年10月~
1996年2月- 治療前の準備
- 治療中の出来事
- 治療の感想
- 治療後の経過
- 治療後の結果
- 2018年1月~
現在- 治療前の準備
- 治療中の出来事
- 治療の感想
- 治療後の経過
- 治療後の結果
- 2024年9月
- 感想
- 伝えたいこと
yumiさんの体験談
病気の診断
初期症状が現れた時期:1995年9月 病気判明の時期:1995年10月
初期症状
1995年9月頃より両手足の関節痛を自覚しました。病院に看護師として勤務し4年目の時で夜勤も行っており、体がしんどいのは普通のことと思い気にしていませんでした。後から考えると体のしんどさ(全身倦怠感)3もすでに症状として出ていたのかもしれません。
診察のきっかけ
高校3年の時、看護学校受験時の健康診断にて血液検査で異常を指摘され、病院で精査してSLEの疑いがあることが判明していました。 (保健所では「梅毒です」とだけ指摘され、病院受診し検査したところ、梅毒は生物学的偽陽性、 血沈の亢進、補体価の上昇、C4の低下等、SLEの所見が見られることが判明しました)
検査
特に症状はないまま、勤務している病院で半年に1度程度、血液検査を受けて様子観察していました。
病気判明
1995年9月初旬頃より、発熱、顔面や両腕の紅斑4、顔面の浮腫が出現しました。発熱は風邪か何かかと思い、手持ちの解熱剤で熱を下げて仕事をしていましたが完解せず、38℃程度の発熱を繰り返していました。10月29日、勤務時、皮膚科の医師に顔面の紅斑について相談したところ、外来で行っていた血液検査データ5を確認していただき、直近のデータにSLEの活動性が確認され、その日のうちにSLE発症で緊急入院となりました。
『SLEの疑いがあり、いつか発症するかも知れない』という段階から、実際にSLE発症が確定した時は、勤務中ということもあり、「そんなに急ぐことなの?今日は日曜日でスタッフの人数も少ないのに今から入院なんて申し訳ないな」等、突然の入院という事態に対する驚きと戸惑いの方が強く、自分自身、状況も把握しきれていなかったと思います。
治療方針の検討
検討時期:1995年10月〜(入院後早期に決定)
選択肢
膠原病科の主治医より、急性期の状態に合わせて
・入院した上で寛解導入療法として大量のステロイド薬を使用する
・状態に合わせて少しずつステロイド薬を減量していく
という治療方法の説明がありました。
方針決定
体調的に仕事を続けるのは難しい状態で主治医より説明された通り、ステロイド薬を使った入院治療について納得して治療を開始しました。
治療のプロセス・結果① 入院とステロイド薬による治療
治療の時期:1995年10月〜1996年2月
治療前の準備
突然の発症、入院で、準備という準備はしていませんでした。とりあえず入院して体を休めて治療に専念できる環境を整えていただき、ステロイド薬による治療を開始しました。
治療中の出来事
ステロイド薬を使い始めると徐々に私の体で起きていた症状の発熱や顔や腕の紅斑、体のしんどさは改善していきました。ステロイド薬を40㎎から開始して、時間をかけて少しずつ減量6していきました。
入院は4ヶ月に及び、治療をしていく中であらためて自分がSLEを発症したことを自覚しました。当時はまだ、携帯電話やSNSもそれほど普及しておらず、入院中は同年代の同じような病気の治療をしている患者同士友達となり、病気と付き合う不安の中、いろんなことを語り合い気持ちが救われたりしました。
治療等の感想
ステロイド薬による治療は幸い効果があり、私の体に起こった様々な症状は改善していきましたが、同時に副作用として夜、眠れないことや顔が丸くなるムーンフェイス7も起こりました。
自身が勤務する病院に入院することで、よく友人や同僚の方達が顔を見に来てくれたことは私の支えになりました。同時に同期はバリバリと仕事をしていたり、年齢的にも結婚や出産という報告もチラホラ耳にすることもあり、つい自身の現状と比較して自分の手の中には何もないと絶望したり虚しく感じたりしました。
治療等の経過
最初の治療は4ヶ月入院し、ステロイド薬20㎎で退院となりました。退院後も内服治療を続け仕事は夜勤のない部署へ異動して続けました。その翌年1996年12月に激しい嘔吐・下痢が続きSLEの再燃で再び約5ヶ月間入院し、ステロイドのパルス療法(大量のステロイド薬を短期間点滴投与する)等の治療を行いました。
治療のプロセス・結果② SLEの再燃に対するステロイド薬の調整と免疫抑制剤等の使用
治療の時期:2018年1月〜現在
治療前の準備
1997年4月、体調的に自力での生活は困難な状態で仕事を退職し実家に戻り療養しました。その後、何度か短期間の入院はありましたが、幸い体調が改善し、約20年再び看護師として勤務しました。ステロイド薬は年月をかけて徐々に減量し6㎎で経過しており、「私はこのまま再燃せずに終わるのだろうな」と思っていました。
仕事は役職も任されるようになり、様々なストレスもあり、2017年秋頃よりSLE特有の全身倦怠感、食欲不振、関節痛、下肢のしびれや頭髪の脱毛、顔の蝶形紅斑 等の症状が出現し、検査データも悪化。SLEの再燃でした。仕事を続けることが困難となり、1年半の休職期間を経て退職しました。
治療はそれまで通院していた膠原病科クリニックの医師の紹介により、より最新の治療を行っている病院に転院し、ステロイド薬を6㎎から30mgへ増量し、新しく2種類の免疫抑制剤を追加して新たな治療を始めました。長い自宅療養生活の始まりでした。
治療中の出来事
新たに治療を始めたものの、全身倦怠感は取れず、仕事はおろか、家事さえもほとんど出来ず、一日中横になっており、夫が作ってくれた食事を摂るだけというような日々が4年近く続きました。
自分の中で生きている理由のようなものが欲しくて洗濯だけはなるべくできる時はしていましたが、干している途中でしんどくなり横になることもありました。ただ苦しいだけの生産性のない毎日に先が見えず、自分が生きる意味を考えたりしました。体がきつくて何も楽しむことなどできない状態の中、食べている時だけは不思議と苦痛が忘れられ、食べている時と夜、眠りにつく時だけ安堵を覚えました。この世で自分だけ時間が止まってしまっているように感じました。
なかなか症状の改善が見られず、2018年9月から新しく週1回の自己注射を開始しました。主治医から新しい治療を提案された時は、とにかく今のしんどい状態が改善できるならどんな治療でもやってみたいという気持ちで「やりたいです」と即答しました。
治療等の感想
幸い少しずつ動けるような体調になり、現在は家事をしたり、週3回程度時短でリモートワークが行えるようになっていますが、ステロイド薬を増やしたから、新しく薬を追加したから、すぐに症状が改善するということはありませんでした。再燃してから今に至るまでは、薬の副作用で下痢が頻回になり、肛門がんを患い手術したり、メニエール病で入院したり、気持ちが落ち込み精神科で抗うつ剤を処方していただいたり、SLEの症状自体がきつくて短期間入院したり、ネフローゼ症候群を発症して入院したりといろんな病気や症状とお付き合いしてきました。
2020年、世間はコロナ禍となり、ずっと自宅療養中で体調的にもまだあまり外出できなかった私は、不謹慎ながら社会全体が外出自粛になったことに、自分だけが外出していないわけではないと思え安堵しました。
そんな中で、主治医には自分の状態やその時の気持ちや、今後やりたいことなど包み隠さず話し、主治医も私の話を傾聴し、可能な限り私の意思を汲み取り、私が生きやすいよう自己実現しやすいように配慮しながら治療していただきました。
治療は単に症状に合わせて薬を処方してもらうだけではないということを実感しています。
治療等の経過
現在は免疫抑制剤等を使用しながら徐々にステロイド薬を減量しています。ステロイド薬を長期的に使用している為、副作用の心配はありますので、定期的に眼科受診をしたり、血液検査で血糖の状態を調べたり骨粗しょう症8治療薬の使用などは継続して行っています。
今年に入ってからSLEの疑いがあると発覚した30年以上前から改善したことのなかった検査データ(補体価、C3、C4等)の改善が見られ現在は正常範囲内で経過しており自分自身驚いています。
感想と伝えたいこと
感想
再燃後、症状が改善しない日々が続いていた時は、私はもう一生このしんどい状態のまま生きていかなければならないのかと思い、毎日絶望しながら生きるのは苦しかったです。
でも、今回のように何年も取れなかったしんどさが軽くなったり、30年近く変わらなかったSLE特有の検査データが正常値に改善することもありました。
今は再燃前のようにフルタイムで働くことはできませんが、現在体のきつさや痛みを感じない時間があることや家事や短時間ながらも仕事ができていることは幸せに思います。
今年の5月には再燃前は毎年のように行っていた沖縄に旅行することができ、もちろん体調をみながらの行程ではありますが、ひとつ自信となりました。
体調は日々変わりますので今でも時々人と比べて「もっと元気になって〇〇がしたいな」などと思うことはありますが、なるべく人と比べず、体調を崩さないよう、自分に合ったペースや生き方の中で自分の幸せに目を向けていきたいと思います。
伝えたいこと
治療中、特に体調が悪く思うように生きることができない時は心も辛く、ただ毎日、いや、1分を生きるのが精いっぱいの時も少なからずあると思います。何もできない日々を生きることが辛くて仕方ない時もあると思います。
私は今、家事や時短の仕事ができていますが、体調的に何もできなかった時と今とを比較すると、体調的に何もできずにいた時の方が何倍も生きるパワーが必要でした。
「自分が怠けているのかな」「自分は生きている意味はあるのかな」などと考えることもあるかも知れませんが、ただでさえ体が辛い時に自分を責めないで、少しでも笑える時間を持つことができたらいいなと思います。
私は生きるのに何かを成し遂げたり、生産性だけを求める必要はないと思っています。それはできる状態の時にやればいい。自分自身のことは責めてしまいがちですが、人は生きるだけでも価値があります。
不安や辛さ、社会的な生きづらさなど、挙げればキリがないほどあると思いますが、そんな中でもそれぞれの道を一歩ずつ歩いていけたらと思います。
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- 【注釈】全ての年齢で発症しますが、とくに20~30歳代の発症が多くなっており、妊娠可能な年齢の女性に発症しやすい病気と考えられています。また、発症する人の男女比は1:9であり、圧倒的に女性が多い病気です。 ↩︎
- 【注釈】全身の様々な場所、臓器に、多彩な症状を引き起こす病気です。 ↩︎
- 【注釈】初期症状としては、倦怠感、関節の痛みや腫れ、発疹、尿の異常、息切れなどの症状が多いようです。 ↩︎
- 1【注釈】蝶形紅斑と呼ばれる症状で、両頬から鼻にできる赤い発疹で、赤くなっている領域が蝶の形をしていることからこのように呼ばれ、全身性エリテマトーデスに現れる特徴的な発疹のひとつとされています。[/ef ↩︎
- 【注釈】SLEでは必発と見なされる抗核抗体と呼ばれる物質が増加します。ただし、抗核抗体があれば必ずSLEであるとは言えません。また、血球の成分である赤血球、白血球(とくにリンパ球)、血小板の数が減少する傾向があります。
抗核抗体:私たちの体に細菌やウイルスなどの外敵が侵入してくるのを防いでくれるシステムを免疫といいます。その免疫が下がると、私たちは感染しやすくなります。そのような、本来は私たちの味方である免疫が、なんと、私たち自身を攻撃してくるという厄介な病気があります。このような病気のことを、自己免疫疾患といい、強皮症もこの範疇に入ります。自己免疫疾患の存在を示す検査の一つが、抗核抗体検査です。 ↩︎ - 【注釈】ステロイドを最初は大量に投与し、通常は1~2週間程度で徐々に投与量を減らしていく治療法で、ステロイド漸減(ぜんげん)投与といいます。 ↩︎
- 【注釈】満月様顔貌と翻訳される医学用語ですが、顔が満月のように丸くなってしまう状態です。 ↩︎
- 【注釈】全身性エリテマトーデス(SLE)の患者さんで起こりやすい合併症には、感染症、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管イベント、ステロイド性骨粗鬆症、眼の病気などがあります。 ↩︎
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