
笛吹きおじさんのジャーニー
笛吹きおじさんのプロフィール
患者との関係性 本人
病気発症時のご年齢 50代
性別 男性1
居住地区 埼玉県
病名 好酸球性多発性血管炎性肉芽腫症2
診療科 アレルギー・リウマチ内科
治療箇所/部位 全身症状
- 2010年頃~
2019年9月- 初期症状
- 診察のきっかけ
- 病気判明
- 2019年4月
- 選択肢
- 方針決定
- 2019年4月~
5月- 治療前の準備
- 治療中の出来事
- 治療の感想
- 治療後の経過
- 2019年4月~
10月 - ラベル治療のプロセス・結果(3):免疫抑制治療による感染症対策、リハビリ、服薬な
- 治療前の準備
- 治療中の出来事
- 治療の感想・経過
- 2025年9月
- 感想
- 伝えたいこと
笛吹きおじさんの体験談
病気の診断
初期症状が現れた時期:2010年頃 病気判明の時期:2019年4月
初期症状
20代からアレルギー性鼻炎に悩み、40代の頃からは風邪を引くと鼻炎が長引き、尿管結石、痛風発作、帯状疱疹等も時折り発症しつつ、50代になると喘息の症状も出始めた。
発症1ヶ月前から発熱と倦怠感が酷くなった。3
診察のきっかけ
かかりつけ病院を受診したところ、大きな病院に行くことを勧められた。
その夜、手足の痛みが激しくなり、脚が麻痺し始めたため、深夜だったが妻にただ事ではないことを伝えた。近所の総合病院に電話し、ともかく来るようにとのことだったので、タクシーで向かった。
検査
受付開始前の待合室のベンチに妻と座り、私はへたりこんでいると、夜勤明けと思われる女医さんが声をかけてくださり、問診と触診の上、「受付が始まったらまずすぐ内科へ」と案内くださった。
内科医は一日がかりで検査対応してくださった。好酸球数が基準値の数万倍。4この採血結果はただ事ではないと、午後には都内の専門病院(東大病院)への入院を手配してくださった。
ここからそのまま半年間の入院となった。
専門病院(東大病院)のベッドが空くまでの間、待機入院することとなった(東京北医療センター)。ここでは確定診断に必要な様々な検査が行われた。採血、CT、MRI、胃生検、骨髄生検、皮膚生検。特に、両脛の皮膚の組織を切除しての生検が決め手5となり、EGPAの確定診断に至った。発症から数日後には確定診断に至ったのは幸運というほかなく、初日の総合病院からの医師の連携対応には本当に感謝している。
待機入院中も、激しい痛みに一睡もできない日が続いた。医師や看護師に鎮痛剤を何度も要請したが、1日に飲める容量が決まっている上に、効果は30分程度で切れる。その間だけ眠ることができた。
ある日の夜中、相変わらずの強い痛みに眠れず「鎮痛剤が欲しい」とナースコールをしたが、その夜の担当看護師はあまり日本語が通じず、片言で「朝、先生が来てからね」と言うのみで結局、話を聞いてもらえず、とても困った。
病気判明
待機入院している病院(東京北医療センター)の主治医が「ちょっと難しい病名ですね」と言いながら、メモ用紙にさらさらと病名を書きながら病名を告げたことを今も鮮明に覚えている。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)、旧チャーグシュトラウス症候群6この長たらしく禍々しい病名に驚いたが、絶え間ない痛みと手足の麻痺した状況には、こうした病名こそ相応しい、と思った。その後、ネットでこの病気についての情報を調べまくった。
治療方針の検討
検討時期:2019年4月
選択肢
待機入院中は、ステロイド60mg/日の服用から治療を開始し、2019/4下旬、専門病院への転院後、まず今の症状を抑えるためステロイドパルス7を、その後、3種類の強い治療を、4週間に1回×6回行う。
①抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)であり免疫抑制薬でもある薬
②アレルギー疾患治療薬
③免疫グロブリン(IVIg)
方針決定
主治医を全面的に信頼していたこと、こちらには知識がなく、治療方法については、完全に主治医にお任せした。8
入院している病院が、知る限り国内最高水準の医療期間であること、そこでの治療が必要なほどの病状であることを示すとともに、ここでならばきっと私の病気を治してくれる、という安心感も感じていた。
また、自分が受ける治療が、正しくまた最新のものであるか、は大いに気になるところだが、ネット検索により、自分が受ける治療が、この病気の最新かつスタンダードな治療法であることを確認でき、楽観的に入院闘病生活を送ることができた。
治療のプロセス・結果(1):ステロイドパルス治療
治療の時期:2019年4月~2019年5月
治療前の準備
発症以後、常に体の奥底から湧いてくる激しい痛みで、一睡もできず食事も喉が通らない状況。好酸球の暴走により、手足の神経や組織が破壊されつつあった。体重は一か月で17Kg減り、骨と皮が目立つ体になった。
専門病院に転院して最初に主治医がおこなった治療がステロイドパルスだった。
治療中の出来事
ステロイドパルスの効果は絶大で、点滴後少しすると手足の痛みがほぼ引いた。
治療等の感想
これほどにも劇的な効果のある治療法があることに驚いた。医師の管理下で行う必要があることもよくわかる。膠原病の治療にステロイドが有効であることが確立した歴史は1950年ころからとのことなので、現代に生きていることの有難さを痛感した。
治療等の経過
ステロイドパルスの効果は1週間ほどで消え、また激しい痛みが出てきたため、再度、ステロイドパルスを行った。
その後も、ステロイドの服用を継続し、数年かけてほぼ0mgを目指した。
ステロイドパルスの副作用により、気分が高揚した。やる気に満たされ、あれこれと思い付いては家族や友人に伝えた。人によっては落ち込む場合もあるとのことで、それよりは良いだろうが、周りを振り回して迷惑をかけていたかも知れない。
例えば、iPadやハンズフリーのスタンドをあれこれ息子にお願いしては買ってきてもらい病床に設置した。
母の一周忌法要があったので病床からオンラインで参列した。(その翌年からのコロナ禍によりこうしたことは当たり前となったが、当時では珍しかったはず)
それまでSNS嫌いで無縁の人生だったが、闘病体験を発信したい、と思い立ち、TwitterやFacebookにアカウントを作り、発信し始めた。
病棟には患者用のWiFiがなく、スマホのデータ容量はすぐに制限を超える状況だったので、友人にお願いしたところ容量無制限のモバイルWiFi機器が早速病室に届いた。本当にありがたかった。ほぼ毎日ネット動画でオペラを見て過ごした。
治療のプロセス・結果(2):①抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)であり免疫抑制薬でもある薬②アレルギー疾患治療薬③免疫グロブリン(IVIg)
治療の時期:2019年4月~2019年10月
治療前の準備
免疫抑制治療のため、抗がん剤にも用いられる強い薬を使う、と主治医から説明があった。
いずれも、特に準備もなくすぐに注射または点滴による治療を開始した。
治療中の出来事
①抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)であり免疫抑制薬でもある薬は、副作用として倦怠感、抜け毛、皮膚がボロボロになる、便秘などがみられた。特に便秘は苦しかったが、下剤を処方してもらうなどにより特に問題なかった。
②アレルギー疾患治療薬は入院中から開始し、現在も継続している。私にはこの薬は合い、とくに副作用もない。注射が少々痛いことくらい。一回に3本の注射が必要なので、ある日、新米看護師が3人、ベテラン看護師に連れられて病室に現れ、私が彼女たちの注射の練習台になった。 ③IVIgは倦怠感以外の副作用はなかったが、1クールに数時間の点滴を5日間、点滴をつなぎっぱなしとなる。麻痺の改善の効果は覿面に現れた。
③IVIgは倦怠感以外の副作用はなかったが、1クールに数時間の点滴を5日間、点滴をつなぎっぱなしとなる。麻痺の改善の効果は覿面に現れた。
治療のプロセス・結果(3):免疫抑制治療による感染症対策、リハビリ、服薬など
治療の時期:2019年4月~2019年10月
治療前の準備
ステロイドによる治療を継続するもCRPがなかなか下がらない状況が続いた。体のどこかに炎症があり、それを突き止めたいとのことで、内視鏡検査、腫瘍マーカーなど、様々な検査をした。内視鏡は、経口内視鏡、経肛門内視鏡、カプセル内視鏡、ダブルバルーン内視鏡と4種類もの内視鏡を制覇した。特にダブルバルーン内視鏡は、麻酔を使用しての大掛かりな検査で、入院中最も厳しいものだった。
治療中の出来事
内視鏡検査の結果、がんではなく、免疫抑制治療を行っていることに伴うサイトメガロウィルス感染症との診断だった。検査に加えて呼吸器治療薬の点滴治療が約2週間か続き、これにより退院が1ヶ月以上伸びた。呼吸器治療薬の点滴は12時間置きに実施するため、消灯後、寝入った頃に、看護師が薬を取り替えに来た。点滴の針が痛み出して、差し直してもらったこともあった。
治療等の感想・経過
手足の麻痺は、EGPA患者の多くに見られる症状である。半年におよぶ入院期間の全般を通じて、作業療法士(OT)さんが毎日のようにリハビリ指導をしてくださった。
入院から1ヶ月ほどはほぼ寝たきり、全介護の毎日だったが、その後半月ほどして、バーにつかまりながら、初めて歩くことができた時の喜びは忘れられない。
また、理学療法士(PT)さんも親身に向きあってくださった。私は、趣味のフルート演奏をもう楽しめないかもしれない、と、それが初期の一番の気掛かりだったが、治療が進み、徐々に体が動くようになってきた頃、フルートをリハビリ室に持ち込んで、動く指だけを用いて演奏をさせてもらった。PTさんは、楽器を支える装具も製作してくださった。PTさんが弾くピアノと合奏ができたときは本当に嬉しかった。
手指が麻痺していることで困ったことは、飲み薬をPTPシートから取り出せないこと。これは退院後も2年ほど続いた。PTさんに「おクスリ取り出し器「トリダス」が便利」と教えてもらい、Amazonで早速取り寄せた。
(この病院では、当時はベッドサイドまでAmazonが配達に来ることOKで、驚きかつとても重宝した。コロナ禍を経た今は運用は変わったかも知れない)
感想と伝えたいこと
感想
発症前までは、寝る時間を削って仕事に趣味に家族との生活に没頭してきた私の夜更かし生活を、EGPAは一変させた。入院中、病棟でのゆったりした時間は、オペラや音楽を鑑賞する憩いの場となったし、退院して後は、夜お風呂から上がったらすぐにベッドに入り、必ず8時間は横になる生活を送っている。
人生で初めての入院生活が半年にもおよび、また初期の頃は命の危機すらも感じながらだったため、人生観が変わった。全介護で生活の全てを看護師さんに託している間、その献身的なサポートと、プロフェッショナルな現場対応や医療チームとしての引き継ぎの完璧さに感動を覚えた。
毎日、家族友人同僚が多数お見舞いに来てくれた。それが大きな支えになった。
こうして、自分の人生が、人に支えられて成り立っていることを強く実感した。
これからの人生は、世の中に対する恩返しのために生きていかねばならない、と決意した。
手足の麻痺は現在も残り、疲れやすい体など、失ったものもある反面、病気で得たものも大変に大きい。
伝えたいこと
EGPAの発症は突然、それまでの生活を一変させる。しかしこの病気をネットで調べると、『治療により、約90%の症例は6か月以内に寛解に至る』と書かれている。私も確定診断直後にこの情報に触れて安堵を覚えた。
この病気は、重症化した場合のダメージが大きい一方で、早期に適切な治療を受ければ、普通の生活を送ることが可能な病気である。安心して、希望をもって治療に臨むこと。このことを、同じ病に苦しむ方にぜひ知っていただきたいと思う。
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- 【注釈】発症年齢は、40~70歳が多く、発症時平均年齢が約55歳、男女比は1:1.7と女性に多いといわれます。 ↩︎
- 【注釈】気管支喘息やアレルギー性鼻炎をもつ患者さんで、白血球の一種である好酸球が異常に増加して細い血管に炎症を起こし、血液の流れが悪くなって臓器の障害を生じる病気です。全身性の自己免疫疾患です。病気の原因は不明で、遺伝性はいわれていません。EGPAと略されます。 ↩︎
- 【注釈】この時点では、最終診断の病名は容易には思いつきません。 ↩︎
- 【注釈】この検査結果を見たときには、まず、「これは99%測定ミス」と考えて再検査します。そして、同様の結果が検出された場合には、「直ちに血液内科の専門医に紹介する」ことになります。紹介状をしたためながら、念頭に浮かぶ病名は、好酸球性白血病あるいは骨髄増殖性疾患でしょう。 ↩︎
- 【注釈】少し難しい専門的な用語ですが、皮膚の生検による所見は「好酸球の著明な血管内外浸潤」+「壊死性血管炎」+「血管外肉芽腫」とされています。 ↩︎
- 【注釈】この病名は、1951年に病気を見つけたヤコブ・チャーグとロッテ・シュトラウスの名前を取ってつけられたものです。ですが、2012年、国際的に「疾患名に人名を使わず病態を反映した名称へ」の流れが強まり、EGPAになりました。 ↩︎
- 【注釈】ステロイドパルス療法は大量のステロイド薬(メチルプレドニゾロン500~1000mg)を1回2~3時間で3日間、点滴する方法です。 ↩︎
- 【注釈】正しい判断です。専門医はひたすら自らの職業に正面から向かい合っているものです。 ↩︎

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